数年間、同じ職場で働いていた人がいた。
交わした言葉は、ほとんど「お疲れ様です」だけ。
それでも、その人のことが気になっていた。
最初は見た目だった。
一目見て、「きれいな人だな」と思った。
でも、本当に惹かれたのは、その後だった。
利用者さんに接する姿はいつも穏やかで、忙しい日でも丁寧だった。
「もし自分の家族がお世話になることがあるなら、こんな人に担当してもらえたら安心だな。」
そう思ったのを今でも覚えている。
服装や雰囲気も自然体で、無理をしている感じがなかった。
外見よりも、人柄に惹かれていった。
話すきっかけはいくらでもあった
思い返せば、話しかけるチャンスは何度もあった。
仕事の用件で一言二言話すことはあったし、
「今日は暑いですね。」
そんな一言くらいなら、不自然ではなかったと思う。
でも、その一歩が踏み出せなかった。
「忙しそうだから。」
「急に話しかけたら迷惑かもしれない。」
そんな理由をつけて、結局何もしなかった。
気づけば、遠くから見ているだけだった
仕事中に見かける。
それだけで少しうれしかった。
でも、それ以上は何もない。
気づけば私は、遠くからその人が仕事をしている姿を見ているだけだった。
何も始まらないまま、時間だけが過ぎていった。
退職を知った日
ある日、その人が職場を離れることを知った。
その瞬間、初めて焦った。
「最後に一度くらい話したい。」
「何か話しかける理由はないかな。」
毎日のように考えた。
でも、結局何もできなかった。
恋人になりたかったわけじゃない
勘違いしてほしくない。
恋人になりたかったわけじゃない。
付き合いたかったわけでもない。
ただ、
仕事以外の話を一度だけしてみたかった。
休日は何をしているのか。
好きな食べ物は何なのか。
そんな、ごく普通の会話がしてみたかっただけだった。
何も始まらなかったことが、一番心に残る
告白して振られたわけじゃない。
付き合って別れたわけでもない。
何も始まらなかった。
だからこそ、
「あのとき話しかけていたら。」
という想像だけが、今でも残っている。
相手が私をどう思っていたのかは分からない。
何も思っていなかったかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。
もう確かめることはできない。
後悔して気づいたこと
この出来事で思った。
人は、
「もう会えなくなる。」
そう分かって初めて、自分の気持ちに気づくことがある。
でも、そのときには遅いこともある。
今、少しでも気になる人がいるなら
恋愛である必要はない。
職場の人でも、
学校の人でも、
行きつけのお店の店員さんでもいい。
「また今度話そう。」
その"また今度"は、思っているより簡単になくなってしまう。
だから、
大げさなことをする必要はない。
「お疲れ様です。」
その次に、一言だけ会話を増やしてみる。
たったそれだけで、未来の後悔は少し減るかもしれない。
これは恋愛が実った話ではない。
何も始まらなかった話だ。
でも、だからこそ私は、この経験を忘れないと思う。


















